1626年9月6日の寛永行幸から、ちょうど400年。
2026年9月6日、金剛能楽堂にて「寛永行幸四百年祭記念能」を開催しました。
寛永行幸では、二条城を舞台に5日間にわたって能、舞楽、和歌などによる饗応が行われました。なかでも能は重要な役割を担い、二の丸庭園に設けられた能舞台では、後水尾天皇と徳川家光が並んで能を鑑賞したことが記録に残されています。今回の記念能は、そうした史実を単に再現するのではなく、四百年前の出来事を現代の能としてあらためて立ち上げる試みとして企画されました。
新作能の上演に先立ち、近衞忠大氏が、四百年前の二条城での演能に際して行われた「開口」を再現しました。

当時は進藤久右衛門がこれを勤めました。そして今回、四百年後の「開口」を勤めた近衞忠大氏と、400年前の進藤久右衛門との間には、不思議な縁があります。進藤久右衛門は、当時、近衞家に仕えていた人物でした。近衞家に仕えた進藤久右衛門が四百年前に勤めた「開口」を、400年後の同じ日に、近衞家の近衞忠大氏が再び行う――。時を越えた数奇な巡り合わせとともに、この日の舞台は幕を開けたのです。
新作能『寛永行幸』では、全国から大名が集い、公家と武家とが融和を果たした400年前の出来事を、一つの歴史絵巻のような絢爛豪華なスケール感で描きました。金剛流若宗家・金剛龍謹氏が後水尾天皇を、京観世五軒家のひとつ林家当主・十四世林喜右衛門氏が徳川家光を、有松遼一氏が徳川秀忠を勤めました。

舞台には、天皇、将軍、公家、武家、申楽師らが次々と登場。行幸の華やかさだけではなく、公家と武家が能を介して同じ時間と空間を共有した、寛永行幸の5日間を舞台上に描き出しました。




後半の部では、近衞忠大氏と寛永行幸四百年祭総合プロデューサー・濱崎加奈子によるクロストークを実施しました。

近衞家の先祖も関わった寛永行幸、そして400年という時間を経て受け継がれてきた文化を、これからどのように未来へ手渡していくのか。新作能『寛永行幸』の創作と上演を通して、本公演に込められた思いについて語りました。

四百年前に演じられた『乱』を、再び
公演の結びには、祝言『乱 双之舞』を上演しました。『乱』(四百年前の上演記録では『猩々乱』)は、寛永行幸の際にも二条城で実際に演じられたことが記録に残る演目です。今回は、金剛龍謹氏と林喜右衛門氏が猩々として登場。金剛流と観世流、それぞれの流儀を受け継ぐ二人のシテが同じ舞台で『乱』を舞う、きわめて稀な「双之舞」となりました。


400年前、二条城で後水尾天皇と徳川将軍が観た『乱』(『猩々乱』)。その演目が400年後の同じ日に、異なる流儀の二人の能楽師によって再び舞われ、公演を締めくくりました。
能楽をはじめ、茶の湯、和歌、いけばな、工芸など、寛永の時代に花開いた文化は、人から人へと受け継がれ、形を変えながら現在まで生き続けています。今回、新作能『寛永行幸』を創作したこともまた、その長い継承のひとつです。この作品には、「百年後、寛永行幸五百年祭を迎えるときにも、再びこの能を演じてもらいたい」という願いが込められています。
過去を再現するだけではなく、歴史を受け取り、今の時代に新たなものを生み出し、それをさらに未来へ手渡していく。四百年前、能が公家と武家を結んだように、2026年の舞台でもまた、流儀や立場、そして時代を越えて、人と人とが文化によって結ばれる時間となりました。
ご出演、ご協力いただきました皆様、そして会場へ足をお運びいただき、この400年目の舞台をともに見届けてくださった皆様に、心より御礼申し上げます。
(撮影:人見淳)
本公演を取材・掲載いただきました各報道機関の皆さまに感謝いたします。
▽読売新部(9/7付)
「400年前の寛永行幸へ 新作能上演…京都」
https://www.yomiuri.co.jp/local/hashtag-kyoto/CO072596/20260906-GYTAT00016/
▽NKH京都(9/6放送分)
「寛永行幸400年を記念した新作の能を披露 京都」
https://news.web.nhk/newsweb/na/nb-2010025656